私たちSAについて|株式会社SA

SAグループの代表をしています酒井です。

私の自己紹介と創業した理由など率直な想い、株式会社SAを通して何を実現していきたいかを書いてみたいと思います。

簡単な自己紹介となぜ会社を創業したのか経緯です。

私の会社員としての職歴は、大学を卒業→大手不動産鑑定機関(約12年)→不動産会社・修行①(約1年)→不動産会社・修行②(約1.5年)→不動産会社で雇われ社長(約1.5年)→株式会社SAを創業し、現在に至ります。

今となっては、弊社メンバーに「どんどん独立しようよ。挑戦しよう!」と独立推奨していますが、私は大手不動産鑑定機関での勤務がとても長かったです。会社にも人にも恵まれてとにかく平和でした。独立なんてリスクあるじゃんという具合で全く考えていなかったです。

ただ、この安定志向の考えが変わった瞬間があります。

勤めていた大手不動産鑑定機関のご厚意で大手邦銀投資銀行に出向させてもらいました。銀行にはとても優秀な方がたくさんいて、実力のない私は戦力になれない一方で、大組織の中で小さな歯車であることを強烈に感じました。

この瞬間に人生は1回きりだし、独立してみたいと思ってからこんな職歴となりました。

独立すると言っても何で独立するべきか悩みました。
一般的には大学卒業以来、長くやっている不動産鑑定士として不動産鑑定業で独立するルートが最も安全でした。

ただ、結果、不動産鑑定業ではなく、未経験の「不動産業」で独立することに決めました。

その理由はいつくかあります。
私の環境として、義父が40年近くも都内で不動産鑑定事務所を経営しています。

家族で食事した時などに、その経営を見聞きして不動産鑑定業の世界では義父を超えることは自分の実力ではできないと感じたこと。

また、不動産業は大きなお金が動くので、この世界で勝負して(今覚えば、そもそも実力もなく、簡単な世界ではないのに恥ずかしい限りですが・・・)稼ぎたいというがありました。

そこで私は、長くお世話になった大手不動産鑑定機関から不動産会社(営業)に転職しました。

この不動産会社は当時60人程度の規模で大手ではありません。

不動産「鑑定」と不動産「売買」は同じ不動産業界ですが、全く競技が違うもので本当に苦労しました。

その不動産会社では、朝早くから朝礼と営業会議をして、休みも少なくノルマも厳しい環境でしたが、あえて固有名詞を出すと平野部長(当時)に厳しくも愛情をもって不動産の基礎とその深い思考を、上野課長(当時)からはその背中を見させてもらい営業のイロハを学びました。

これが今の私の基礎となっています。

そこで初めて不動産業(営業)をやって感じたことは、一言でいうと「フェアだな」と思いました。
この世界は無駄な残業や意味のない資料作りなどはいりません。
結果が全ての世界です。

結果は数字のみで判断され、すべて自分の実力次第なので、組織への不平不満を言う隙間は1ミリもなく、会社の愚痴を言いながら飲む会社員あるあるも一切なくなりました。
数字で判断されるのはフェアだけど、逃げ場もないです。

特に辛かったのは初めの入社3ヶ月です。
不動産業界に人脈がないので毎日ひたすら訪問営業を繰り返す単調な日々です。

訪問営業先で名刺を渡し、渡した自分の名刺がそのままゴミ箱へ行くのも見たことあります。私はメンタルが弱いため、落ち込んだことも多かったですが、そんなメンタルでは戦えない世界でもあります。毎日無我夢中でやっているうちに、不動産会社の営業としての力も気のせいかも知れませんが、少し付いてきた実感もありました。

そこで思い切って独立することにしました。

次に何の事業で創業するかを考えたとき数ある不動産業の中でも「不動産買取業」だろうと直感で思いました。理由は、不動産仲介より不動産買取は、そのライバルとなる業者数が少ないからです。また、不動産会社はブラックが多いため離職率が高い。ならば逆にしっかりとメンバーを大切にして、他社と被らない分野を専門領域で買取業に集中すれば、能力がない私でも何とか食べていけるかなと考えたからです。

会社を設立したのは2018年6月

私は、大手不動産鑑定機関から不動産会社に転職して、ある程度の実力をつけ、しっかりと準備して独立したのですが、不安しかなかったです。もちろんまだ不安が多いですが・・・

10年以上、不動産鑑定士として会社の看板で仕事をもらい、会社に守られてのほほんと過ごしてきたため、実力主義になるのが一番怖かったです。会社の看板がなく、自分の力だけでやっていけるのかと・・・

独立前は自信あったのですが、いざ独立となると、給与0円になるのは当たり前で、逆に空気を吸うだけで毎月家賃など100万円は軽く飛んでいく現実に恐怖を感じました。

当初はできるだろうと思っていたのですが、いざ独立となったらビビりました。

設立して6年間で一番大変だったことは、設立当初のお金がなかったときです。

不動産は当たり前ですが、とても高いです。安くても数千万、高いと数億です。創業したときは自己資金3,000万でスタートしたのですが、事務所借りて敷金払ってパソコン買ってなどで、あれよあれよと資金が減り、銀行も出来立てホヤホヤの会社は信用ならぬと融資してくれず、仕入資金が本当に厳しく、何度もくじけそうになりましたし、途方に暮れました。

そのような中、今も会社の中心メンバーとして働いてくれている設立メンバー2名が死ぬ気で働き、どんどん成果を出してくれて「先生(私のあだ名)!あと少しで売れます。会社にお金入りますのでご安心を!!」といつも元気に声掛けしてくれました。
この設立メンバー2名の頑張りがなかったら、今のSAはまずありません。

これは一生忘れません。

不動産買取業をするならもっと資金がないとあぶない。

見通しが甘かったというより甘すぎました。経営者は誰でも言うつまらない話ではありますが、会社経営で資金がなく、自転車操業していたときがやはり一番大変だった。

辛かったです。

創業当初は、思い切って広いオフィスを借りて気合の船出をしたのでリスクありありでしたが、気がつけば設立してもう5年が経ちました。

今ではメンバー数十人、売上も数十億となり、会社も少しづつ成長できています。

本当にメンバーに恵まれて、私のような実力のない者ですが、どうにか今も会社経営をさせてもらっています。

実現したい2つのこと

今後の私たち株式会社SAは実現したい2つの目標があります。

「不動産のあらゆる問題を解決する」と「不動産業界の働き方を変える」です。

「不動産のあらゆる問題を解決する」

私たちは、不動産の共有持分(共有状態)の解決や空き家の再生、権利関係が複雑な借地権・底地、接道を満たしていない再建築不可から立退案件まで、流動性の低い不動産を再生し、蘇らせる流動化事業を展開しています。

特に、不動産の共有持分(共有状態)の分野では、名実ともに頂点を目指します。

「不動産業界の働き方を変える」

私たちは、不動産業界はブラック企業が多いので働き方をも変えたいです。

不動産を取り扱うと、大きなお金が動きます。こんなにダイナミックな仕事をしているにも関わらず、メンバーが得られるお金はわずかです。私たちは、メンバーに最大限還元する仕組みをメンバー全員で考えに考え、今に至ります。一般的な不動産会社に多い目標というノルマは一切ないだけでなく、出社はもちろんのこと、営業方法もそれぞれの個性を生かして全て自由にしています。自分自身が経営者マインドを持ち、自らの夢や目標に向かって自走する働き方を追及すのはとても難しいですが、ずっとあきらめずに目指します。

メンバー全員で一丸となり、前向きに常に上を目指して目標を達成したいと思います。

正直に話すとこんな会社です。

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